死を否定的に捉えない

大学時代の友人が今朝亡くなったという連絡をもらいました。長いこと気丈に病気と戦っていたのを知っていたので、気持ちは複雑です。

まだ死ぬには若いので残念と言う気持ちと、身体の痛みから解放されて良かったという気持ちの両方があるからです。

私は死と言うものをあまり否定的に捉えないので、ほかの友人達の反応と少し違うのかもしれません。

考えてみれば当然のことですが、私たちは誰もがいつも死を突きつけられた状態で人生を生きているのです。

それなのに、恐怖のあまりにそれを見ようともせず、死ぬのはいつも自分以外の誰かだとして向き合おうとしないのです。

だからいざとなった時に、慌ててしまったり絶望的になったりするのです。自分の場合はどうなのか、本当のところは分かりません。

けれども、もしも自分が死を受け入れることができたなら、その時にはいかに死に行くかに焦点が当たるようになると思います。

つまりは意識的に死ぬと言うことに全エネルギーを集中したいし、あわよくばその姿が誰かの役に立てばもっと嬉しいと感じます。

肉体から離れて、まだ少し自我が残っている状態で、色々と悪戯をしに回ろうと思っています。すぐに全体へと吸収されたら、もったいない気がしますので。

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