垂直方向への進化

自然の中で生きているものには、文句というものがありません。不平、不満を感じる何ものもないからです。ただひたすら、自然の法則の中で生を営んでいるだけです。

その生の営みの中で、すべてが人間へと進化しようとしているのです。無生物はまず植物へと進化し、植物は動物へと進化の道をひたすら突き進んできたのです。

そして最終的には、自然界の進化の到達点は私たち人間だったのです。人間にも当初は自我がありませんでしたから、他のあらゆる動物と同様にして、自然の一部としてただあったのです。

ここまでの進化においては、まったくもって自由というものがありませんでした。すべてが自然の法則のもとにあるからです。自然のなすがままに生き、なすがままに進化を遂げただけで、完全なる奴隷状態だったのです。

自然は美しいですね、ただ在るがままに在るからです。けれども、これっぽっちの自由もそこにはありません。だから、恐怖というものがないのです。

人間の身体はもうすでに進化を終えてしまったと言えるかもしれません。あったとしても、微々たるものでしかないはずです。自然の力での肉体的進化は終了したのです。自然ができることは、もうなくなってしまったのです。

その後、人間は自我を持つように進化しました。つまり、自由意志があるという自覚を持つように進化したわけです。自由であるということは、一寸先に何が起きるか分からないという大いなる不安を作り出したのです。

自由とは恐怖なのですから。それまでの人間にはなかった、心理的恐怖、不安というものを持つようになってしまったのです。そこで、当然の結果として誰もが不安を安心に変えようと努力するようになったのです。

それが、自己防衛なのです。誰もが自由を求めていると言いながら、実は自由と引き換えに安心を得ようと奮闘しているのです。それが、現在の私たちの姿です。

自由とは責任も発生するのです。自由とは大変な重荷であることは間違いありません。自然が与えてくれた進化の道は、もう終わってしまっているのです。水平方向への進化は人間で打ち止めなのです。

これからは、私たちの自由さを徹底的に使って、つまり意識的に生きることで自然の進化の法則から垂直に飛び立つことが、私たちに与えられた自由の唯一の使い道なのです。

自然という無意識状態から、未熟ですが意識的な存在となったのですから、すべての無意識を意識的な状態へと変えていくことこそが、これからの本当の進化、まさに垂直方向への進化なのです。

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