昨日のつづきです。
本当にやらねばならないという事は実は意外に少ないというお話をしました。やらねばならないという意気込みが強すぎて、やらなくてもいいことでもその仲間に入れてしまうからです。
例えば、最初はただやりたいからやっているということでも、知らぬうちにやらなければになってしまうこともあります。
気持ちのいい汗を流したくてスポーツクラブに入会したのはいいけれど、いざ出かけるときには今日はスポーツクラブに行かなきゃという思いに変換してしまったりするのです。
ある意味、そうした言い方が癖になってしまっているのかもしれませんが、そういう表現を使うということ自体が気持ちを変えてしまっている証拠だとも言えるのです。
朝起きなきゃ、会社に行かなきゃ、食事をしなきゃ、家に帰らなきゃ、映画を見に行かなきゃ、もう何から何まで~しなきゃという具合に変えてしまうのです。
そうやって元々はただそうしたいという気持ちだけだったものを、義務化してしまうということです。義務化してしまうと、人は徐々に気が重くなってくるのです。
そうすると、せっかく入会したスポーツクラブにも足が遠のくことになってしまうかもしれません。しかし、なぜただしたいことをするということを、しなければという義務に変換してしまうのでしょうか?
それは義務を果たすことで安心しようとする心の働きがあるのです。ただ好きなことをするというのは自由でいいですが、どうもそこには価値が見出せないという思いがあるのです。
義務化してそれを遂行することにしてしまうと、そこには何となく達成したという思いが生まれ、それによって自分を責めることから遠ざかることができるのです。
それが安心に繋がるということです。このことに気づいたら、出来る限り日頃やらねばと思い込んでいることを洗い出して、義務化していないかチェックしてみることです。
そうやって、本当にやるべきことだけを実行するようにしていくことで、より自由な生活を手に入れることができるのです。
そうして心が癒されていけばいくほど、本当にやらねばならない事など一つもないということにも気づいていけるのです。