誰もが幼いころに、自分は駄目なんだという間違った思い込みをしてしまうのです。それはきっと思い出せないような2~3歳くらいの時に心の中でやってしまうことのようです。
ですから、多くの人はその自覚すらありません。私たちが自覚できるようになるのは、その後少したってからのことです。
幼稚園に行きだすくらいになると、自分への駄目出しに自覚できるようになる子もいます。その頃になると、駄目出しの理由もはっきりするのです。
しかし、一番最初に駄目出しをするようになった頃の本当の理由は明らかにはなっていません。なぜなら、そこには駄目出しするような本当の理由はないからです。
理由もないのになぜ駄目出しをするようになってしまうかというと、それは何かとても耐え難いと感じるような事態がやってきたと感じているからです。
それは、場合によって異なりますが、たとえば弟や妹が生まれて母親にとっての一番を奪われてしまったと感じることかもしれません。
あるいは、今まで怒られたこともなかったはずなのに、どういうわけか大好きな親からきつく怒られるようになったと感じることが原因かもしれません。
理由は様々ですが、共通していることは気が付いたら急に毎日が辛く苦しいものになってしまったということなのです。
その時に、幼い子はそれはきっと自分が駄目だからに違いないと思い込もうとするのです。そうすることで、苦しさに理由付けをして何とか自分の気持ちをやり繰りしようとするということです。
そしてそんなことは、すっかり忘れて成長していくわけです。そして後に残るものといえば、理由がはっきりしている自分への駄目出しだけなのです。
それは勿論後付けの理由であるわけで、大元の駄目な理由は隠されたままになってしまうのです。その大元の駄目な理由は実は何もないので、結局自分の存在自体が駄目なのだという苦し紛れの理由をでっち上げるのです。
それが、自分の存在価値に気づかない心、つまり無価値感というものを作ってしまうのです。もしも、心当たりがあるときには、自分を駄目出ししている幼い気持ちに寄り添ってあげることが癒しの第一歩になるのです。