映画館のスクリーンは、大きくて真っ白で光が当たる面が真っ平ですね。それは、撮影された映像ができるだけ忠実に再現されるためです。
もしも、面積が小さければ、映像の一部しか観ることができないですし、色が着いていたりしたら、ちょっと気持ち悪いことになりそうです。
白という色は、すべての波長の光を同等に反射してくれるので、偏りのない天然色を観ることができるということです。
光の当たる面がでこぼこしていても、映像が歪んで映ってしまうはずです。このようなわけで、私たちがいつも当然のように思っているあのスクリーンとなるわけです。
まったく同じようなことが真の自己に対しても言えるのです。自分の頭(顔)があると想定されているところを自分が見ようとしたときに、そこには何もないということをすぐに知ることができます。
あの何もなさこそが、映像を忠実に映し出すためのスクリーンなのです。その何もなさ、つまり「無」であるからこそ、この世界のあらゆるものが何の手も加えられることなく起こるのです。
もしも、それに形があったら、色があったとしたら、位置があったとしたら、この宇宙はそれに依存して世にも奇妙なものになっていたことでしょう。
何もなさとは、万能だということです。白があらゆる光をそのまま反射してくれるのと同じように、「無」はあらゆる物事をそのままに起こす力を持っているということですね。
そして、それこそが私たちの本質でもあるわけです。本当に驚くほど、よくできていると思います。