自我にとっての最大の楽しみというのは、哲学なのではないかと思うのです。なぜなら、それはずっと思索の中に入って戯れていることができるからです。
外側には何も必要とせずに、ただただ内側の世界で思索し続けることができるのです。それが終わりを迎えることはありません。
奥深い思索の結果、覚醒に到達するということは決してないからです。これはエンドレスの思考のゲームなのです。
言ってみれば、ゴールのない無限に続けることができるロールブレイングゲームのようなものです。
どれほどの際立ったものに到達したところで、それは思考の世界でのことであり、そこから抜け出すことはできないのです。
それに対して、瞑想においては全く異なる次元に到達することができます。とめどない思考の罠から抜けて、クリーンな実在を見抜くのです。
思考から抜けると時間からも抜けて、ただ現在にあることに気づくことができます。過去と未来から解放された至福を味わえるのです。
なぜなら、過去と未来がなければ、あらゆる心労からも解放されるからですね。