今日は自我のレベルの話しになるのですが、幼い頃はともかく私たちは誰もが自分の選択の結果として、現在の人生を生きているのです。
幼い頃を例外として見るのは、環境を自分で選択する自由などないからですね。けれども、成長するにつれて最終的には自分自身が選んでいるのです。
誰かにそそのかされたり、強引にコントロールされたとしても、それもみんな自分の選択としてそういうことが起きたのです。
つまり、何で自分ばかりがこんな理不尽な目に遭うんだろうとか、誰も自分のことを構ってくれない等々。
けれどもそうした恨み節も、思うのは自由ですが結局は自分の選択がそれを招いたということに気づく必要があるのです。
自分の人生が今どうであろうと、それを誰かのせいにすることはできないということです。あなたがそれを選択した結果なのですから。
ただし、それを責める必要もありません。ただそうしたことに気づくことができた人から、人生を変えていくことができるということです。
以前会社員だった頃、会社や社長への不満を呑みの席で言い続ける人がたくさんいたのですが、嫌だったらやめれば?というのが私の立場でした。
普段愚痴の多い人ほど、なかなか会社を辞めないのをよく見てきた記憶があります。逆に私は病気をきっかけにしてあっさりと辞めてしまいました。
嫌な思いをしたり、理不尽なことをされたならそれに対して怒りを感じるのはごく普通のことですが、それが過ぎ去って冷静になれた時には、自分の選択の結果だということを思い出すことです。
それさえ忘れずにいられたなら、恨みつらみの重苦しい人生から解放されることになるはずですね。