東洋では、神は善くもなければ悪くもないと言われている。何であろうと、起こっていることが、起こっている。そこには、いかなる道徳的な価値づけもない。それを善いとか悪いとか言うことはできない。あなたがそう言うのは、特定のマインドを持っているからだ。
by osho
↑こう言われると、特定のマインドを普遍的なマインドに変えていければいいのではないかと考えてしまうかもしれません。
たとえば、新興宗教などによって深く洗脳されたマインドを持ってしまった人の場合、その洗脳を解除することができれば、普通人として生きていけるようになるかもしれません。
これほど極端な例でないにしても、マインドが持ってしまった特定の価値付け、意味づけ、判断などがなくなれば、よりシンプルな人生になるはずですね。
それはある程度は成功するかもしれませんが、マインドというのはそれほど単純なものではないのです。
それはマインドの働き、マインドのメカニズムを理解すればするほど、改善しようとすることが逆効果になると分かるのです。
マインドというのは、それ自体が存続するようにあらゆる手段を講じて生き延びようとするものなのです。自己改善もその一つに過ぎません。
マインドは非常に狡猾で策略家なのです。その裏をかいてあげればいいのです。家は人が住まなくなると痛みやすくなりますね。機械も使わずに放置すれば、あっという間に壊れていくのです。
それと同じことがマインドにも言えるのです。マインドにとっての最大の痛手は、使ってもらえないことなのです。
マインドをなるべく活躍させないようにすることができるなら、マインドは自然と力を失っていくのです。
それは自分に対して、愛を持って放っておく、ただ見るということに尽きるのです。マインドを動かさないように気をつけるのではなく、マインドの働きを見続けるのです。
そうすればきっと、起こっていることが起こっているという、この感覚に馴染んでいくことができるようになるはずですね。