あなたが自分が誰かを知る唯一の方法は、
大いなる想起、深遠な注意深さ、覚醒を伴って、
あなた自身の内面に入っていくことだ。
外に求めたら、あなたが何を得ようと、
それはすべて偽りのものだ。
by osho
↑ 分かってはいるのだけれど、ついつい外側で展開されていると感じる物語に興味を抱いて、その中へと埋没してしまう毎日。
外側の世界を見ている限りは、自分はその中で生きている一人の人間だというところから、一歩も出ることができなくなってしまいます。
「毒を食らわば皿まで」ということわざがあるように、もうこうなったらとことんまで物語の中でもがき苦しんでやれ、という自分もいたりして。
これこそが自分だと信じている「私」は、間違いなくそう思っているのです。というよりも、他の選択肢がないのでしょうね。
なぜなら本当に人生を物語だと見抜いてしまったら、「私」はもたないからです。「私」は人生の中でしか生きることができないのです。
だから、「私」が真に目覚めようとすることは、ほとんど有り得ないことだというのも頷けます。それなのに覚醒したいとしたら、その思いはどこからやってくるのか?
いつもそれだけが不思議なのです…。