小学生のときの習字の時間に、「希望」という文字を書かされたことがあったと思います。筆で描くと、何となくサマになる文字の形が好きでした。
人は誰でも心の中に希望を持っていますね。希望があるからこそ、未来へ向かって突き進もうとする意欲が生み出されるのです。
希望とは、可能性という言葉で表すこともできます。あらゆる可能性があるからこそ、希望を持つこともできるわけです。
当選する確率がほとんどゼロであっても、億に一つの可能性があるからこそ、その可能性に賭けて宝くじを買う人がいるのです。
宝くじが当たったらとイメージすると、ちょっと楽しくなったりもしますよね。それが可能性に対する希望なのです。
けれども、希望が生きる活力を生み出す反面、実は苦しみを作り出すという事実にも目を向ける必要があるのです。
可能性は私たちを喜ばせもしますが、苦しみもちゃんと置いていってくれるのです。それはまるでコインの表と裏のようなものです。
どちらか一つだけというわけには決していかないということを、忘れないことです。一方で、物事の不可能性のすばらしさにも、気づくことができるのです。
不可能性を見るとき、私たちは本当の心の平安がそこに息づいていることに触れることができるのです。
可能性とは未来であり、不可能性とは今この瞬間なのです。思考の外にあるとき、あらゆる可能性が消失してしまいます。どんな可能性もなくなるのです。
希望もありません。その不可能性こそが、私たちの本質そのものなのですね。それはどんな可能性もない、無限の穏やかさがただ広がっているだけです。