本当の自己の体験したいこと?

昨年末のオフィスの引っ越しで、相当な出費がありました。ある程度は予想していたのですが、それでも元々が財政難のための引っ越しだったわけで。したがって、なかなか辛いものがあります。

それがまたここへきて、どんどんお金が外へと流れ出て行っているように感じるのです。そこには勿論自分でも自覚している自分の行動にも原因があるのです。

それでも、そうしたことも何となく責任逃れをするつもりではないのですが、何かの力が働いているように感じてしまいます。

なんだか、所持金ゼロへの道を真っしぐらに突き進まされているように思うのです。必要に応じてそれなりにコストがかかるのは仕方のないことです。

けれども、そうしたことが沢山重なってくると、どうも天の方を見て、あの~って恨めしく言いたくもなってしまいます。

10分くらい前に、10年くらいだましだまし使ってきたパソコンのハードウェアがどうも壊れてしまったらしいことに気がついてしまいました。なので、タイピングし辛い ipad で今書いています。

そろそろ新しいパソコンが欲しいなとは思っていたものの、この時期いろいろ物入りなのでもう少し様子を見ようと思っていた矢先のことです。

下取り車の方が高価だった新顔のクルマにカーナビをつけようと思ったら、予想をはるかに上回る出費になりそうだし。

ここのところ、スマホで通話することが著しく増えて、その通話料も心配だし、何もかもがドンドン自分の懐から流れ出て行くように見えるのです。

この経済的不安感は、ときどきやってくるのですが、その度にじっくりと見てあげることで、あっという間に消えてしまうということも知っています。

それがなかったら、なかなか大変だっただろうなと人ごとのように感慨深いのです。さて、今年の自分からはどれだけのものが奪われていくのか、じっくり眺めることにしようと思います。

それが、本当の自己の体験したいことであれば。