「私」とは思考であり、それは物質のように目に見えるわけではありませんが、それでもこの現象界の中にあるものです。
目の前にある机や壁など、見えるし触れられる物質もこの世界に所属していますが、明らかに種類の違う精神的なものも、この世界の住人なのです。
その一方で、本当の自己とは思考ではありません。それは、思考と同じように目には見えるものではありませんが、決してこの世界の中で起きているものではないのです。
私たちは、自分の考えることを自覚していますが、これは思考の中身について知っているということです。
けれども、思考とは何かということについては、あまり見ようとはしないのです。それは一体なぜなのでしょうか?
私が考えるに、それは思考でしかない「私」の本性が暴かれてしまうのを、無意識的に恐れているからなのではないかと思うのです。
「私」の正体がただの思考であっても、恐れる必要などまったくありません。なぜなら、本当の私たちの本質とは、思考の外にあるからです。
それこそ思考が生み出される源泉、この現象界の大元なのです。それがなぜなのかを説明することはできませんが、一瞬一瞬に意識を向ければそのことが分かります。
それは理解するのではなく、ただ在ることを感じるというしかありません。この世界の誰もがそのたった一つの自己なのです。
この気づきは、ゆっくりとではあるけれど、「私」という思考から自己防衛を緩めていく効果があるのです。誰もがそれを知るときがやってきています。