意識が全体性に向いているとき、この空間というものがいつもとは違った感覚で感じられるのです。それは、何もないというよりも、何かで満ちているという感じ。
子供の頃から、何もない空間とは一体なんなのだろうという疑問があったのですが、それに対する思考レベルの答えが見つかったような気がします。
思考レベルなので勿論真実ではないのですが、それは言ってみればこの宇宙の本質は空(くう)であり、またそれは空ではないということ。
空は一体何で満たされているのかというと、存在そのものによって満たされているということができます。
あるいは、存在だけが存在することができる唯一であるため、空間も含めてあらゆる一切合財が存在そのものだということになります。
そしてその存在こそが、私たちの本質であるわけで、それは空であり、空であるということは全体であるということです。
空という、何も無いものをイメージすることはできないのですが、それでもそれこそが私たちの本質であり、それ自身だということはどこかで分かります。
初めのうちは、その空虚さを感じて恐ろしく思えるわけです。真っ暗で何の対象物もないのですから、それはとても恐怖を感じてしまいます。知覚の消滅を意味します。
けれども、空という対象物ではなくて、それ自体が自分の本質であると分かるようになると、もうそこには恐怖は存在することができなくなります。
恐怖や悲しみもなければ、喜びもない。位置や大きさもなければ時間もない。ただ存在が在るだけ。それは何とも深い静寂であり、底なしの落ち着きでもあるのです。
言葉をどれほど駆使しても、決して表現できない「それ」について、今日は敢えて書いてみたくなりました。書きながら、あ~あって思っているって、ワイルドだろ!