幼いころは、自分の母親は比較的過保護気味ではなかったかという気がしています。他の友達のお母さんとは違うなというのをはっきりと感じていました。
その頃の自分には言葉で表現することはできなかったのですが、今になって感じてみると母子関係が密着していたように思うのです。
何もできない幼い自分を好いていてくれるのだと感じていました。それは逆に言うと、大人になって何でもできるようになってしまってはいけないという感覚でもあったのです。
あれやこれやと世話をしてくれる母親が大好きでしたし、言葉は悪いですが便利に使っていたのかもしれません。
しかし、小学生の3,4年くらいになると、自立心が出てきて自分でできるようになりたいという思いがはっきりとしてきたと思います。
ところが、その時に母親の世話にならない自分は好かれないのかもしれないとどこかで感じていたのではないかと思うのです。
その思いがずっと心の奥底にあって、人生の中で邪魔をしているように感じてきました。自分にはこんなことができるようになるはずがない、そういう感覚というのはいつもつきまとっていたからです。
これは、自分の能力に自信がないというだけでなく、能力を最大限使ってできるようになってはならないという制限のようなものという気がしています。
幼い頃の快適な毎日にあこがれている心がまだあるのかもしれません。ずっと、一芸に秀でた人にあこがれのようなものを感じていました。
自分は決してそうはなるはずがないという思いの裏返しですね。そして、その奥には一芸に秀でてはいけないという禁止の気持ちが隠れていたのかもしれません。
みなさんはどうですか?有能で何でもできる自分に本当になりたいと思っているでしょうか?自分に対して最大限の能力を使っていいと許可を与えているでしょうか?
一度じっくりとそうしたことについて、心の中を点検してみるのも無駄ではないと思います。