二十歳くらいのときにクルマの免許を取得してからというもの、かれこれ35年に渡ってずっと運転してきました。その間ほとんどクルマと縁が切れたことはなかったのですが、その中で二度ほど事故に遭遇したことがあります。
その二度目を、実は数日前に経験したのです。都心のとある交差点で信号待ちをしている際にドンという結構な音がして、後ろから追突されてしまいました。
30分くらいの間に必要な処理はすべて終わって帰路に着いたのですが、その間に様々な心の状態を見ることができてとても興味深かったのです。
まず、クルマをぶつけられたと同時に自分は家族と共に被害にあったという思いがやってきました。と言っても、誰も怪我をするようなレベルではなかったのです。
それなのに、何だか被害を被ったような思いと共に、こうした外敵から家族を守らねばならないというような使命感のようなものが持ち上がってきたのです。
冷静な自分は、怒りやその他何の感情もなく平静なのですが、原始時代からの父親の役割みたいな本能があるのかもしれないですね。
何だか追突してきた人を責めるような冷たい態度に出なければ家族の手前駄目だというような感覚なのです。大人の自分はどうでもいいと思っているはずなのですが、その両者は極端に違う意識でした。
もしも、自分ひとりでその事故に遭遇したとしたら、きっともっともっとその追突した人と和やかな雰囲気で話しをしただろうなと思うのです。
しかし、それは家族の手前してはいけないというような不思議な感覚があったのです。この事故のおかげで、自分の中に隠されていた知らなかった思いに気付くことができました。
それと同時に、いつもお世話になっているクルマのディーラーさんや、相手が加入していた保険会社の人の対応の素晴らしさにも感動しました。
家族を守りたい自分だけが、いやな目に遭ったと思っているだけで、センターの自分は逆にいろいろな経験もできてよかったなという思いがあります。
今、代車が来たおかげでそのクルマに乗る楽しみもできてしまいました。人は物事の捉え方が変わると本当に楽になってしまうのですね。